なかつ道寺3 ブログ

娘の結婚

可愛い娘の結婚が迫り、子供の頃の笑顔が脳裏にやきついている。都会の真ん中で生きてきた我が子が結婚してバンコクに住むという。妻とバンコクとは何処だろう。お互いに顔を見合って首を傾げた。

 冷たいだろうが子供の人生にとやかく言うつもりはない。予防注射も何本か打たれたそうだ。先日、本人と先方のご両親にはじめてあった。私と妻は50年前に会って結婚した。「好きようて一緒になった仲やんか」。当たり前だが娘とは結婚感は違っているようだ。もう結婚しないだろうと思っていたが、決断したらしい。私の娘は進めませんがよろしくお願いします。といっておいた。

 己の運命は、己で切り開いてきた娘よ、幸せは己がつくるものと突き放したがこれでいい、これでいい。これでいいのだ。なぜか寂しさが残った。

 

My Name is 糞ジジィ―

「きつい」、「汚い」、「危険」、「休暇がない」、「規則が厳しい」、「給料が安い」、・・・Kとか言われているらしいがどこの職場でも追加される事項もあるだろうが、どこかにあてはまる。

50年程前、辛うじて入れた高校の校長からトイレの裏の草取りを命じられた。「汚い」「くさい」かったが一生懸命草取りをした。

後日、校長先生からお褒めのお手紙を頂き終わりに合掌と書かれていた。別に特別なことした覚えはないがよほど先生は喜んだようだ。バカだから見慣れない「合掌」の字に意味が分からないから兄に尋ねた。手を合わせていただいたということらしい。

人の心の目はすべてお見透しだから手抜きもしないで良くやってくれたとのお手紙だった。初めて褒められたもので、まして「合掌」の字も意味さえも分からなかった。反省!しきり。

翌日から、鶏小屋だった場所を改良して勉強部屋をつくり、少年はワラバン紙に書きに書き猛勉強したというお話だ。

あの頃を思い出して1年前から私の生きている、この世の歴史を見ている。脳溢血の後遺症で手足の動きはよくない、手足の動きが良くないと脳の働きもよくない。発見!鍛えなくちゃね。

ジジィーに糞をついたおかげで運が向いてきた。歴史の本を作り替えたいが才能なし。

 

独裁者たち

歴史は、つねに足音も立てず人々の背中に迫りより、不意に牙をむく、そこで人々が待つものは絶望と死の臭い。

 あれ? 今生きていた人が両手と両足をもたれ、燃えさかる火の中に放り込まれた。6、7人が銃で射殺された、人間が3人手を後ろに縛られ宙づりになっていた。そんな光景を無動作に見せられると私の脳みそがはみ出しそうだった。

 ヒトラー、スターリン、フセイン、チャウセスク(ルーマニア)、煬帝(中国)、秦の始皇帝、毛沢東、タージマ・ハール(インド)、アミン(ウガンダ)、ポルポト(カンボジア)、・・・・・

専制君主(独裁者だよね。人を何十万人も何千万人も殺したり奴隷扱いしたりやりたい放題。末路は一人で、秦の始皇帝などは死んでまで作り物の兵隊(兵馬俑)に守らせた。不老不死の薬などあったら私が隠れて飲むのにまったく。枯れることのない水銀の川など作らせ多くの人をイケニエに守らせたりで限りない。人が怖かったのか、信じられない。

時代の流れが作り出すのか世の中が不景気になると人間は戦争を好む、そして過去は戦争によっても助けられたことも多々あった。人間の自信と弱さを、人と戦うことで強く見せたのかも、独裁者は本来、小心者なのかも知れない。

 

アメリカ公使:タウンゼント・ハリス

日本人の容姿と態度は甚だ満足した。日本人は喜望峰以東のいかなる民族より優秀である。私は時として、この国を開国して外国の影響をうけさせることが果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか疑わしくなる。これまでに見たどの国よりも簡素さと正直さがある。

柿崎は小さくて貧寒な漁村であるが住民の身なりはさっぱりとして態度も丁寧である。世界のあらゆる国で貧乏に何時も附き物になっている。不潔さというものが少しも見られない。

 平気でウソをつき他人のせいにしなければ生きていけない国もあるだろう。日本は島国だからの原因でもなさそうだ。

人手不足のために日本もより開放していくのだろうが、ハリスが外国の影響をうけさせることが果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか疑わしくなる。

テレビでの情報だが、外国人が日本の宝石を爆買をしているという。バブルの当時かった宝石が市場にでてきた。カットの技術がしっかりしている日本に買い付けに来るようだ。日本の業者が情報を流しているのだろうが外国人が大金で買われている。日本人もバブルの時も同じことをしていたのだろう。

ハリスの考えた日本人は消えてはいないんだろうが、私のねたみだろうか。

 

日本の国歌、国旗、旭日旗

日本の国歌とか国旗・旭日旗になると軍国日本を思い出す。

小さい頃から模型が好きで戦艦大和などよく組み立てた。大和、武蔵の舳先の曲線が好きで木材でも作った。あの曲線はとてもあの当時の設計士が考えたとは思えない私にはなんとも言えない曲線だった。川に小舟が浮かんでいた。その小舟にも全体の曲線に夢を感じた。

模型には「旭日旗」をつけた。勇壮でかっこよく私にはなんのわだかまりもない。国歌にしても自然に歌っていた。平成11年(1999年)に正式に日本の国歌として制定された。

「君が代は、千年も八千年も永遠ともいえる時間、小さな石が大きな岩になって、その岩に苔が生えるまで、長く長く続きますように」

日本神話に登場する最初の男女神は「イザナミ」のミは女性を指し、「イザナギ」キは男性を指し、キミは男女を指す。

平安時代に詠まれ鎌倉時代(1185~1333)以降、庶民に広まり、長寿を祈る歌、お祝いの歌、さらには恋の歌として、さまざまなお祝いの場面で歌われるようになった。

未来の若い人に、口づさんで頂ける。オリンピックで日本の旗を身体に巻いてグランドを走っているのを目にするが旗と人がなじんでいない。伝統と未来は続かないのか未来の人に夢を託すしかないのだろう、必要論さえ感じる。

 

 

徳川家康が開いた江戸幕府260年、長く続いた一要因

士農工商の身分制度:将軍―大名-武士―農・工・商

江戸時代のピラミッド型、支配者側から見た都合のいい学問で林羅山という朱子学者が徳川家康に重用された。上下定分の理、つまり私利私欲に頼らず分をわきまえろとし、徳川幕府の長期政権を維持させた。

 林羅山は私塾昌平坂学問所の建設し、東大の産みの親となり、家康に可愛がられた。

家康の出た静岡と富士山を結ぶ延長線と江戸から徳川家の鬼門に当たる北東を結ぶ延長線とが交わるところ日光に家康のお墓を持ってきたのも死んでも家康は徳川を守ろうとしたのだろう。普通なら鬼門を避けるだろう。

家康は跡取りにも喧嘩のないように神経を使っていたようだ。私は紀州・吉宗を誕生させたところですが、紀州徳川家は静岡から来たらしい。

東照宮